🔷車両形式図鑑🔷

【1等寝台客車マイネ40 7】
1等寝台客車マイネ40 7

太平洋戦争が日本の敗戦で終結した後、アメリカ軍を中心にした連合軍が日本の各地に進駐。

マイネ40形式寝台客車は、いわゆるGHQと呼ばれた“進駐軍”による“指令部”が『軍用特別列車専用』に、当時の国鉄に対して新規での製造を命じ、戦後に新たに製造された“優等寝台客車”のひとつである。

飛行場の数が少ないことと、道路整備が行われていない当時の日本国内の長距離・大量輸送を行う手段としては鉄道しか方法がなかった。

戦時中に地方に疎開していた1等・2等寝台客車等はすべて米軍によって接収され、指令部は不足していた客車の製造を命じた。

その際製造当初から冷房を完備した豪華な客車を製造する事になり“車軸駆動方式”の冷房装置を搭載させた。

また、戦前の優等客車に見られる3軸ボギー台車から2軸ボギー台車に換装するなど製造の際の合理化も進めた。

こうして戦後の物資の少ない日本における最高水準の居住性を持った豪華な客車が完成した。

米軍から日本に変換された後も“外国人貴賓専用”または“皇族方専用”として使用された時期もあった。

1等車が廃止された後は車号を“マロネ40”とし、2等(現在で言うグリーン車)に相当する寝台客車として東海道本線の普通急行や、九州方面の特別急行(あさかぜ・はやぶさ)などに使用され、20系客車が登場するまで、その優れた乗り心地に評判は高かった。

※余談だが
解放式の室内の仕切り板にには木材の不足から満足な素材が得られず、木工技術に優れた技術力を持っていた“日本楽器”によって取り外し可能な仕切り板を製造したエピソードや、寝台の布団生地やカーテンには西陣織を採用したり、日本では初めて蛍光灯照明を客室などに採用した。


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